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東京地方裁判所 昭和40年(刑わ)3953号 判決 1967年10月25日

主文

1  被告人らをいずれも懲役一年六月に処する。

2  ただし、被告人らに対し、この裁判確定の日からいずれも三年間、その刑の執行を猶予する。

3  訴訟費用中、<以下省略>

理由

(認定事実)

被告人松本は、東京都中央区日本橋茅場町一丁目一八番地に本店をおき、東京穀物商品取引所その他の商品取引所の仲買人として、委託者の委託を受けて商品市場における商品の売買取引をすることを業とする正金実業株式会社の代表取締役社長(昭和三〇年一二月二三日ころから昭和三九年六月三〇日ころまで)または取締役会長(それより以後昭和三九年七月中旬ころまで)として、被告人八本松は、同会社の代表取締役専務(昭和三五年一一月二九日ころから昭和三九年九月一〇日ころまで)または取締役専務(それより以後昭和三九年一一月二一日ころまで)として、被告人池田は、昭和三三年一一月二五日ころから同会社の取締役経理部長として、いずれも、委託者から預託を受けた委託証拠金およびその充用有価証券の出納・保管等の業務を掌理していたものであるが、

第一  被告人ら三名は、共謀のうえ、別表1ないし8記載のとおり、正金実業株式会社が和智高義らから委託された商品取引の証拠金充用有価証券として同人らから預託を受けた株券を、同人らのために業務上保管中、昭和三九年四月二四日ころから同年七月一七日ころまでの間七回にわたつて(別表5と6とは一括差入れ)、ほしいままに、東京都中央区日本橋茅場町一丁目一八番地高松商事株式会社等において、同会社らに対し、いずれも正金実業株式会社の借入金債務の担保として差入れてこれらを横領し、

第二  被告人八本松および同池田は、共謀のうえ、別表9ないし30記載のとおり、正金実業株式会社が成田茂雄らから委託された商品取引の証拠金充用有価証券として同人らから預託を受けた株券等を、同人らのために業務上保管中、同年七月三〇日ころから同年一一月一四日ころまでの間二二回にわたつて、ほしいままに、同区日本橋堀留一丁目九番地東繊代行株式会社等において、同会社らに対し、いずれも前同様の担保として差入れてこれらを横領し、

第三  被告人池田は、別表31ないし53記載のとおり、正金実業株式会社が中村孝こと中谷広門らから委託された商品取引の証拠金充用有価証券として同人らから預託を受けた株券等を、同人らのために業務上保管中、同年一二月二日ころから昭和四〇年二月一六日ころまでの間一九回にわたつて(別表33と34、37と38、42と43および48と49とはそれぞれ一括差入れ)、ほしいままに、前記高松商事株式会社等において、同会社らに対し、いずれも前同様の担保として差入れてこれらを横領したものである。

(証拠)<省略>

(法令の適用)<省略>

(弁護人らの主張について)

弁護人らは、被告人らの証拠金充用有価証券の担保差入れ行為は、いずれも民法三四八条にもとづく転質として許された行為であるから、業務上横領罪を構成しない旨主張するけれども、この点について、当裁判所はつぎのように判断するのである。

委託証拠金充用有価証券は、商品仲買人が、商品市場における売買取引の委託を受けるについて、その受託によつて委託者に対して生じることのある債権を担保するため、委託証拠金の代用として、委託者から預託を受けるものであり、その預託の性質は、委託者による根質権の設定であると解すべきである。

ところで、このような充用証券は商品取引所法九二条(以下法九二条という)による処分制限の対象に含まれないとするのが最高裁判所大法廷の判例(昭和四一年七月一三日判決、集二〇・六・五八三)であるから、同条によつては、仲買人は委託者の書面による同意がなければ充用証券を他に転質することは許されないというような制限は加えられていないことになる。

もつとも、充用証券について、委託者の同意がある場合にかぎり転質を許すこととし、その限度で仲買人に金融の便宜を与えると共に、その同意は書面によるものでなければならないとすることによつて、同意の有無範囲についての紛争の余地をなくし、あわせて委託者に戒心と覚悟の機会を与えることにするのは、商品取引の実態にかんがみ、仲買人と委託者との利害の調整方法として十分に合理的な規制とみられるのである。そして、そのゆえに充用証券も法九二条の対象に含まれるとするのが一貫した行政解釈であつたことに留意すると、このような解釈を前提とする行政庁の指導のもとに定められた本件当時における各商品取引所受託契約準則中の法九二条に類する文言の規定(本件に関するものとしては、東京穀物商品取引所、東京繊維商品取引所、東京砂糖取引所、前橋乾繭取引所のいずれも本件当時における各受託契約準則一一条)は、法九二条のほうこそ刑罰法規としての明確性を欠くためやむをえないとしても、この場合は、準則中の他の諸規定との関連からいつても(特に本件当時における東京繊維商品取引所受託契約準則一四条参照)、充用証券を含むものと解することができると考えることにも、相当な根拠がありそうにみえる。

しかし、準則のみぎのような規定も、異なつた趣旨が明らかでないかぎり、つまりは法九二条とおなじ内容を再現した趣旨であるとみるのが自然であろう。そして、準則の規定も、それ自身が刑罰法規ではないが、仲買人の転質に重大な制約を加えることによつて、その担保差入れ行為を業務上横領とするきめてになるものであることを考えると、これらの規定が法九二条と異なり特に充用証券を含むとするには、やはり全体として明確さに不足するところがあるものといわなければなるまい(現在の前記各商品取引所受託契約準則では、この点が明確にされている)。従つて、法九二条が充用証券を含まないことを前提とする以上、準則のこれらの規定が充用証券を含むものと解することは困難であり、結局、当時の各受託契約準則にもとづいて、書面による同意がある場合のほか転質が一切許されないことになるということもできないのである。

そうすると、本件の場合も、書面にせよ口頭にせよ各委託者の同意がありさえすれば、原質権設定者の承諾にもとづく転質として、充用証券の担保差入れが許されたはずである。しかし、本件各委託者が書面でも口頭でも転質について同意を与えている事実のないことは明らかであり、弁護人らも特にこの点を争つてはいない。

それでは、本件の各担保差入れ行為は、民法三四八条にもとづくいわゆる責任転質として許されるものであろうか。本件各担保差入れ当時、各委託者との取引関係は、いずれも最終的に結了していたのではなく、まだ取引関係継続中の状態であつたと認められる。すなわち、充用証券によつて担保される当該委託者に対する正金実業株式会社の債権は、いずれもまだ最終的に確定するに至つていなかつたのである。そして、各担保差入れ当時、当該委託者に対する債権がすでに一応存在していたものと存在しなかつたもの(債務が存在したものを含む)とがあるが、いずれの場合でも、その状態においてする責任転質が絶対に許されないものと解することはできない。

しかし、この場合の責任転質は、原質権の被担保債権がきわめて浮動的であることにともない(委託者に対する債権がすでに一応存在する場合でも、いつそれが減少ないし消滅するかも知れず、またいつ取引関係が最終的に結了してしまうかわからない。すなわち、原質権の被担保債権額もその存続期間も不定である)原質権者の把握している担保価値がそもそも浮動的なものであるから、そのような浮動的な担保価値についての転質としてしか許されないものというべきである。従つて、転質後も、委託者は自由に取引を行なつてよいのであつて、その結果どのように委託者に対する債権が減少ないし消滅してもかまわないし、またいつでも自由に取引関係を最終的に結了することができるものと解すべきである。すなわち、原質権の最終的に把握する担保価値の存否ないし数額は不定であり、また原質権はいつ消滅するかも知れないのであつて、このような原質権を基礎とする転質権の最終的に把握しうる担保価値の存否ないし数額も不定であり、また転質権は原質権の消滅によつていつ消滅するかもわからないことになる。

もしそうではなく、転質の通知を受けるなどの事実によつて委託者のその後の取引が拘束を受けることになるというように考えるとすれば、それは明らかに不当というべきである。また、弁護人らの主張するように、充用証券の価値の範囲内で無制限に転質ができるものとすると、それは責任転質の名のもとに原質権から独立した自由な質権設定を認めることにほかならないのであつて、委託者に均衡を失した不利益を負わせることになり、原質権設定者の利益を不当に害するおそれのない範囲内でだけ責任転質を許すことによつて、原質権設定者と原質権者との利益の妥当な調整を図つている民法三四八条の趣旨をまつたく逸脱するものであるといわなければならない。弁護人らは、本件の場合のように、委託者らに充用証券を返還する必要を生じれば、いつでも他の証券と差しかえることによつて担保差入れ先から返還を受けることができることになつているならば、無制限の転質によつても委託者らになにも不利益は生じないというけれども、他の有価証券との差しかえを条件としてのみ返還を受けられるのであり、被告人らがいかなる場合にも必ず他の証券を都合できるという保障はないのであるから、委託者らの利益を著しく害する事態となることにかわりはない。

さて、以上のように、きわめて制約された内容をもつ責任転質しか許されないとすると、普通にはこのような転質権を担保として金融を与える者はないだろう。金融者が同価値の他の証券とならば差しかえを許すということは、もとよりみぎの意味の転質を認めたということになるのではなく、むしろ無制約の質権が設定されたことを示すのである。

本件の各担保差入れも、前記のような制約された内容の転質権の設定としてなされているのではなく、無制約の質権設定の権限があるものによる無制約の質権設定としてなされているものであることは明らかである。その質権設定の権限が、その有価証券を所有することによるとか、またはその所有者から転質の承諾をえていることによるとかというような根拠の明示まではしないまでも、ともかくそのような無制約の質権設定をすることができる処分権をもつものとしてふるまいつつ、担保差入れをしているのである。

実際に、被告人らとしては、行政庁の指示に従い、委託者から証拠金充用証券を受けとる際には、かならず転質についての同意書の差入れを求める建前にしており、外務員等にもそのように指導していたのであるが、多数のうちには種々の事情で同意書の取れないものがあることを知り、従つて、本件の各充用証券についても、当該委託者の同意が欠けているかも知れないことを認識しつつ、窮迫している経営の苦しさに追われ、あえて、同意の有無をたしかめることなしに、その有無にかかわらず、同意があるものとみなして担保差入れをしたものであることが認められる。

そうすると、被告人らとしては、本来前記のような制約された責任転質しか許されないような場合、すなわち委託者の同意がない場合であるかも知れないことを未必的に知りながら、あえて、同意があつたものとみなして、無制約の質権を設定したことになるのであり(そして、被告人らは、同意がない場合にこのような担保差入れをすることが違法とされていることを十分承知していたものと認められる)、その質権設定の民事的な効果をどのようにみるかにかかわらず、他人の物について権限がないのに所有者でなければできないような処分行為をしたものとして、領得行為があつたものといわざるをえないのである。

以上のとおり、被告人らの行為は、業務上横領罪の構成要件にあたることになる。そして、すべての事情を考慮しても、その行為の違法性ないし責任が阻却されることになるような事由があるものとは、とうてい認められないのである。<以下省略>(戸田弘 羽石大 半沢敏雄)

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